地球が丸いってほんとうですか?

〜 The truth lies within survey 〜

#32 海底の地殻変動を調べる

Q32. 

GPSを使って地殻変動が詳しく調べられるようになったのはわかったのですが、これは陸だけですよね。海底ではGPSは使えないのですか。また、海底の地殻変動を調べる必要はないのですか。

A.32

GPSは人工衛星からの電波を利用して地球上の位置を求めるシステムです。したがって、船も飛行機も自動車もGPSを使ってその位置を決めています。また、その電波を利用して測量が行われ、地殻変動が調べられています。しかし、そのような測量は陸上のみで海域ではまだ試験的にしかやられていません。それは、海底にGPS観測点を設置しても、人工衛星からの電波が届かないからです。
 
これまでにも何度かふれたように、電波は光と同じ種類の波で、電磁波と呼ばれています。深海は光が届かず、真っ暗であることを知っていますよね。電波も同じように、深い海の底までは届かないのです。だから、たとえGPS受信機に防水を施し、猛烈な水圧に耐えるように工夫しても、海底ではGPS観測はできないのです。
 
しかし、日本列島の太平洋側には、東側に太平洋プレート、南側にフィリピン海プレートと呼ばれる海のプレートがあって、日本海溝あるいは南海トラフと呼ばれる溝状の海底から日本列島の下に潜り込んでおり、海底でも地殻変動は進行しています。これらの海域の地殻変動を調べるため、東北日本と西南日本の太平洋側で、海底に設置した基準点の動きを調べる研究がはじめられています。
 
ではどうしたら、電波が届かない海底に設置した基準点の位置や、その変化を決めることができるのでしょう? そうです、潜水艦の音響ソナーのように、海水中を遠くまで伝わる水中音波を、電波の代わりに使えばいいのです。
 

図32-1

図32-1
東北地方の太平洋側で実験的に行なわれている海底地殻変動観測の模式図。 GPS をそなえた船やブイと海底基地局の間の距離を超音波で測定する(東北大学・藤本博巳、三浦哲提供)

 
32-1に示しているのは、東北大学が中心となって進めている、水中音波を使った海底地殻変動観測の模式図です。ここでは音波信号を受信するとエコーの音波を送り返す装置(トランスポンダー)を3つ、海底基準局として設置します。そしてGPSを搭載しているため位置がわかる船・ブイと海底基準局の間で音響測距を行い、3つの海底基準局の位置を決定しておきます。決定の方法については、のちほど解説しますが、とりあえず、その観測により、3つの海底基準局の位置がわかったということにします。
 
さて、ここからがポイントです。海底基準局が作る三角形の重心の真上付近に、GPS受信機をつけた船を浮かべます。船底にある音波の送受信波器の位置は、2通りの方法で決めることができます。ひとつめは、陸上のGPS点を基準にして、船上の34台のGPS受信機を使って位置を決める方法です。もうひとつは、さきほど位置を決めた海底基準局から音波を出して、位置を音響測位で決める方法です。
 
海底基準局を設置したばかりのころは、2つの方法によって決めた位置が一致するのは当然です。しかし、海底がプレート運動などで水平方向に運動していると、どうなるでしょう? たとえば、海底が年間8cmのプレート速度で動いている場合には、海底基準局3つともが、1年前の位置にくらべて8cmも同じ方向にずれてしまいますね。もちろん、船のほうでは、海底基準局が何cm動いたかは、最初はわかっていません。仕方がないので、1年前の海底基準局の位置情報(8cmだけ真の値からずれている)を使って、音響測位で船底の送受信機の位置を決めます。するとその値は、船に搭載したGPSを使って決めた真の値と8cmだけ食い違ってくるはずです。ですから、1年間かけて海底がどれだけ動いたかを知りたければ、船底の送受信機の位置を2通りの方法で測って、両者の差を求めればよいことになります。ただしこの方法では陸上のような連続観測はむずかしく、船で現場に行って観測をすることを繰り返す必要があります。
 
さて、宿題になっていた、海底基準局の位置を決める方法を解説しましょう。それには、2つのステップを踏みます。第1段階では、海上の船の時々刻々の位置を、GPSで決めておきます。第2段階では、こうして位置のわかった船から、音波を海底基準局(トランスポンダー)に送信します。海底基準局のほうでは音波を受信するとすぐにそれに反応して、同じ音波信号を船やブイに返すようになっています。これで船に音波が戻ってくるまでの往復時間がわかるので、それに水中での音速をかければ、船と海底基準局との距離が決まります(音響測距)。つまり、海底基準局は、位置の分かった船を中心とする、半径Lの球面上にあることがいえます。船を動かして、別の位置から音響測距を繰り返します。こうすると、海面上のさまざまな位置から、基準局があるべき球面が描かれます。求める基準局は、そう、すべての球面が交わるところというわけです。
こうして海底基準局の位置が決まります。
 
このように、まずGPSを使って船やブイの位置を決め、次に海面上にあるそれらと海底基準局との位置関係を音波を利用して決める方法は、海底地殻変動の観測として有効でしょう。現在、測定精度を向上させるうえで問題になっているのは、海中の音速が時間や場所によって変化することです。模式図のように3台の海底基準局がつくる三角形の重心の直上に船かブイを浮かべて、3台との距離を同時に測定すると、その影響を大部分打ち消すことができます。
 
西南日本でも同様な方法で、名古屋大学が中心となって東海地震やそれにつづく東南海地震、南海地震の前兆を捕まえようと、海底地殻変動の研究が進められています。さらに海上保安庁海洋情報部も、東京大学生産技術研究所と共同で、地殻変動観測を行っています。また、陸上と同じように地面の傾斜変化を測る傾斜計や、地面の伸び縮みを測るひずみ計を海底の下に埋めて連続観測を行うことや、海水の圧力の変化から海底の上下変動を調べることも行われています。
 
海底の地殻変動観測は、まだまだ研究段階なのですが、宮城県沖地震、東南海地震や南海地震など、日本付近で起こる巨大地震の多くが海底を震源域としていることを考えると、海底地殻変動の観測はとても重要なことだといえるでしょう。