地球が丸いってほんとうですか?

〜 The truth lies within survey 〜

#44 測地学も天気予報に役立つんだって?

Q44. 

インターネットで「GPS」を検索していたら、「GPS気象学」という言葉がヒットしました。カーナビや測量など、人や物の位置を決めるのにGPSが使われるのは理解できますが、それがどうして気象学に役立つのですか?

 A44.

 

図44-1

愛知県の渥美観測点で GPS 観測をつづけていると、 1995 11 7 日から 8 日にかけて、位置が水平方向に 2cm 、上下方向に 5cm 程度も変化するように見える現象が観測された(名古屋大学・木股文昭提供)。ちょうどこの時期に、急速に発達した「爆弾低気圧」が日本列島を駆け抜けている。

 
まず、GPSと気象のかかわりから、説明しましょう。GPSが導入された初期のころ(1990年代はじめ)、GPS観測をつづけている測地学者たちを、奇妙な事実が悩ませていました。観測点の位置を毎日毎日GPSで計算していると、日によって気まぐれに数cmもゆらゆらと揺らぐことがあるのです(図44-1)ちょっと見ると、地震や火山活動による地殻変動が生じているのかと思わせるような現象です。どうして、このようなことが起こるのでしょうか?
 
そのおもな原因は、GPSの電波を発射する人工衛星から観測点までの途中にはさまっている物質、
すなわち大気にあります。
 
GPSで使われる電波は、光と同じ電磁波の一種ですから、真空中を伝わる速度は秒速30kmです。ところが、光にせよ、電波にせよ、途中に物質がはさまると、その区間では速度が低下します。たとえば、水中での光の速度は、真空中の75%に低下します。
 

 
図44-2

図44-2

湿潤大気遅延の説明。GPS電波の山や谷を表す「位相」が、真空中を伝わってきた場合と、大気中を伝わってきた場合とでは異なる。この図では、真空中なら基準点で受信される電波は「谷」であるはずなのに、大気中で速度が低下するために、「山」が受信されるなど、大気のために、位相が乱されている。

 
途中に挟まる物質が空気の場合にも、光や電波の伝わる速度は、水ほどではないにしても、真空中の速度にくらべて0.03%ほど低下します。特に水蒸気(水滴ではありません)の影響は大きく、湿った空気におおわれた地域に届くGPS電波は、乾いた空気におおわれた地域に届くそれにくらべて、速度の低下の程度が大きくなります(図44-2)。つまりGPS電波が伝わってくる経路によって、電波の速度が微妙に異なってくるのです。そのため、同じ地点であっても、GPS電波が地表に届いたとき、それがどのような波の状態(「位相」)になっているかが一定しない(位相の揺らぎ)ことになります。
 
このような位相の揺らぎは、大気が湿っているか乾いているかに大きく左右されています。電子基準点など精密なGPS測量で位置を決定するときには位相を使いますから、真の位置は不動なのに、決定された位置が大気の湿潤状態によって、見かけ上揺らぐことになります。この見かけ上の揺らぎのことを「湿潤大気遅延誤差」(湿った空気がGPS電波を遅らせるために生じる誤差)といいます。ちょうど、真夏のアスファルト道路上で、前方の景色がゆらゆらと揺れ動いて見える「かげろう」に似た現象です。ただし、「かげろう」は光の屈折により起こりますが、この場合は電波の速度の低下そのものがおもな原因です。
 
湿潤大気遅延誤差は、地殻変動を調べるときには邪魔者になるのですが、視点を変えてみると、大気の状態を調べるのに、とても良い信号になります。実際、上空の水蒸気の量は、天気予報にとってはとても重要な情報です。雨が降るかどうかは、この水蒸気の量で決まるといっても過言ではありません。大気中の水蒸気の量は、気温と湿度を測ればわかりますが、この方法が使えるのは地表近くと、高度30kmくらいまでの高層気象観測が行われている地点に限られます。
 
高層気象観測というのは、気圧計、温度計、湿度計とそのデータを電波で送信する装置を風船にとりつけて、それを1日に2回か4回打ち上げるものです。上昇中の気象観測データは刻々と送信されてきます。しかし、この装置は一度上げれば回収はできず、もっとしょっちゅう打ち上げようとすると費用が高くつきます。したがって、この方法ではあまり頻繁には、上空の水蒸気量を測定することができません。そのうえ、打つ上げ地点も日本国内で22箇所と限られているので、大気全体について、細かく湿潤状態を調べることはむずかしいのです。
 
ここで、さきほど説明したGPS電波の湿潤大気遅延が役立ちます。つまり、GPS電波の遅れが大きいところは、上空の水蒸気の量も多いことがわかります。湿潤大気遅延をもとに計算すると、地表から真上方向の水蒸気の量がわかります。それを地上から大気圏外まで合計すると、それが何mmの雨量に相当するのか見積もることができます。この量は「可降水量」と呼ばれ、大気の湿潤状態を大づかみにするには便利な量ですし、毎日の天気予報に大いに役立つものです。
 

 


カラー口絵 44
[上] 1996 9 1 日から 3 日にかけて、国土地理院の GPS 観測網から得られた可降水量分布(平均値からのズレ。岩物哲也提供)この図から、湿った空気の塊が日本列島を西から東へゆっくり移動していることがわかる。
[下] 9 1 日午前 9 時における天気図(気象庁)。上図の湿った空気の移動は、前線の通過に伴っていることがよくわかる。

 
カラー口絵44を見てください。これは、国土地理院が日本各地の約600箇所に設置していた全国GPS連続観測網(「電子基準点」)のデータから得られた、199691日から3日にかけての可降水量分布の変化を表しています。91日から2日にかけて、日本列島上空をゆっくりと西側から東側に向かって前線が通過したのですが、この図で、可降水量の大きいところが西から東に移動し、2日の午後になると日本列島上の可降水量がぐっと小さくなっているのがわかります。つまり、前線が通過したときは上空の水蒸気が増え、その後減ったことが、GPSの結果に出ているのです。
 
 このGPSによる可降水量の変動を、天気予報の基礎となっている気象庁の数値予報の計算に取り込む研究が進んでおり、実際にGPSのデータを加えると、各地の降水量がより正確に予報できることがわかっています。ただし、実際の天気予報に使うには、GPS観測による可降水量データをリアルタイムで数値予報データに組み込む必要があります。現在、気象庁と国土地理院の間でそれが実施できるように研究が進められています。GPSから求めた可降水量データを取り込んだ天気予報が、テレビを通じてお茶の間に流されるのも、そんなに先のことではないでしょう。